働く人々を守る法律はいろいろありますが、その中で安全衛生に特化した内容を定めたものが、労働安全衛生法です。
皆さんは何のために仕事をしているでしょうか?
色々な目的があると思いますが、ケガをしたり病気になるためにやってる人は、ほぼほぼいません。働いて不幸になるのは、本末転倒です。
一方、働かせている人から見た働く人を考えてみましょう。自分の事業のために必要最低限の費用(給与等)で働いてくれる人がありがたいといえます。
物理的な対策や教育には費用や労力がかかります。
働いている人にも健康に生きる権利があり、それを蔑ろにしてお金を稼いでも、褒められたものではありませんが、単純にお金のことだけを考える事業者が出てきてもおかしくありません。いわゆるブラック企業はその典型です。
この事業者のエゴを抑制し、良好な安全衛生環境のもとで働けるようにすることが法律の目的です。
労働安全衛生法の制定
労働安全衛生法は、もともと労働基準法の中にあった安全衛生に関する条文を別の法律にすることで昭和47年(1972年)に制定されました。
背景には、高度経済成長期の労働災害の多発があります。高度経済成長期には、労働災害による死亡者数は、年間で5千人以上となっていて、現在では考えられないレベルで発生していました。現在は、千人前後で推移しています。
当時の労働力人口が現在よりも2割程度少ないことと、女性の社会進出があまり進んでいなかったことを加味すると、単純に現在の5倍ではなく、更に多かったことがわかります。
法律制定による変化
高度経済成長期に労働災害が多発した状況へ対応するために労働安全衛生法が制定され、その後、多少の増減はあるももの順調に減っていました。
制定までは、今と比べると非常に緩い規制で、現在の建設業では当たり前になっている安全帯は、東京タワーの建設時から、広がり始めたのは、有名な話です。
ところが、近年では減少が緩やかになっていて、ほぼ横ばいの状態になっています。
その中でも建設業は、現在でも1年に300人前後の方がお亡くなりになっており、全体の労働災害の減少と同様に減少が鈍化して、全体の3割を占めたままとなっています。
死傷者数では、高度経済成長期は、35~45万人となっていて、労働安全衛生法が制定されてから、こちらも減少傾向となり、現在では、12~13万人となっています。減少傾向が緩やかになったところも、死者数と同様です。
この減少が鈍化し、横ばいの状態を厚生労働省は問題としており、様々な施策やキャンペーン、規制を打ち出しています。
労働安全衛生法の改正
労働安全衛生法は、制定からこれまで重大な労働災害が発生するたびに大きな改正が行われてきました。労働安全衛生法は災害の後追いになっているのが現状です。
かといって、それ以外の時には改正をしていないわけではありません。普段から、厚生労働省や各業界の監督官庁などがそれぞれの安全衛生の問題について検討を行っており、そこで得られた結論が反映されることもあります。
大きな災害の後の改正は、皆さんが「当然だよね。」と納得できるものが必然的に多くなりますが、じわじわ起きている問題を解決するための検討結果を基にした改正は、検討期間が長い分、途中にいろいろな要素が入り込む余地があるため、分かりにくくなりがちです。無意味ということはありませんが注意をしないと本質が何だったのかを忘れてしまうため、改正の度に作成される解説パンフレットなどで理解するように心がけましょう。
最低限の基準
労働安全衛生法は守っているだけでは、労働災害を防止することはできません。前項で書いた通り、大きな災害が起きる度に改正されるということは、想定できていない実態も当然あるということです。また、既存の問題を解決する新しい技術が出てきたときは、往々にして新たなリスクが生まれます。
他にも、想定の限界があったり、単なる理想でほとんどの人が実施できない内容では法律としてNGなので、やはり最低限の基準を示すものになってしまいます。
「本当は、もっとしっかりやってほしいけど、最低限これだけはやってね。」
というような状態です。
例えば、2m以上の場所で作業をするときは、墜落・転落防止のために手すり等の墜落防止措置を講じなくてはいけません。しかし、それよりも低くても落ちることによるリスクはあり、状況によっては死亡災害になってもおかしくありません。死亡災害まではいかないにしても、骨折くらいは、十分に考えられるレベルです。2mよりも低いところでも、転落によるリスクがある場合は、法律よりも厳しい対応が必要になります。
逆に10階建ての5階で模様替工事をするときに作業場所の高さは2mよりはるかに高くなりますが、安全帯は不要です。墜落転落のリスクが無いからです。法律の最低限は守りつつ、実態に合わせて対策を講じるようにしましょう。
先取りの安全
安衛法のような後追いの安全衛生対策は、モグラたたきをしているのと同じ状況であり、次から次へと出てくる世の中のすべての事象に対して、その後追いの手法での対策の検討をするということは、多大な犠牲を払うことが前提となり、労働災害防止とは程遠いものとなってしまいます。
しかし、理想は、労働災害ゼロです。横ばいが続いている状況ということは、未だに毎年一定数の方が不幸になっているということです。厚生労働省では、法律に基づき労働災害防止計画を策定して実施しています。現在は、第13次労働災害防止計画(2018~2022年度)の最終年度で、2023年4月からは、次の計画が発表されます。労働災害防止計画では、当然のことながら前計画期間を振り返り、社会情勢などを踏まえながら、施策が検討されていますが、ここ数年の低減の停滞を以前から予測しており、リスクアセスメントや労働安全衛生マネジメントシステムの導入など、先取りの安全衛生にシフトしています。
法律で直接的に先取りの対策を規定することは非常に難しいため、上記の先取りの安全に取り組むことを事業者(会社)に求めています。
労働安全衛生法は先人の犠牲の上に成り立っていますが、それに現在の私たちの知恵を加えることで、より安全な社会を目指しましょう。
法律の基本
法律は、元となる法律の下に施行令(行政によるルール)、省令(施行規則)(担当省庁によるルール)、附則(規則等に付随したルール)がありますが、労働安全衛生法では、施行規則が多くあり、それぞれの業種や作業、扱う物で定められています。関連しているものについては、どういったことが書かれているかを把握すると良いと言えます。石綿障害予防規則(石綿則)は2020年に大幅に改定されましたが、重要なことが書いてある割には、条文は少ないため、私が受講した石綿作業主任者講習の際に講師の方が、全文一読することを勧めていました。
このほかにも、運用段階で発生した問題に対応するために「通達」があります。単純な質疑への回答から、法解釈、補足的な指示などいろいろあり、これらも順守する必要がありますので、見落とさないように調べておきましょう。
労働安全衛生法は、全産業を対象にしているため、非常に条文が多く、すべてを覚えるというのは現実的ではありませんが、自身の関係している条文はしっかり把握しましょう。
法令と施行令と主な省令(施行規則)は以下の通りです。
・労働安全衛生法(安衛法)
・労働安全衛生法施行令(安衛令)
・労働安全衛生法関係手数料令
・労働安全衛生法規則(安衛則)
・ボイラー及び圧力容器安全規則(ボイラー則)
・クレーン等安全規則(クレーン則)
・ゴンドラ安全規則(ゴンドラ則)
・有機溶剤中毒予防規則(有機則)
・鉛中毒予防規則(鉛則)
・四アルキル鉛中毒予防規則(四アルキル鉛則)
・特定化学物質障害予防規則(特化則)
・高気圧作業安全衛生規則(高圧則)
・電離放射線障害防止規則(電離則)
・東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則(除染則)
・酸素欠乏症等防止規則(酸欠則)
・事務所衛生基準規則(事務所則)
・粉じん障害防止規則(粉じん則)
・石綿障害予防規則(石綿測)
・労働安全衛生法及びこれに基づく命令に係る登録及び指定に関する省令(登録省令)
・機械等検定規則(検定則)
・労働安全コンサルタント及び労働衛生コンサルタント規則(コンサル則)
法文を調べる
関係している法令は、理解していることが必要ですが、すべてを覚えている必要はありませんし、恐らく覚えるのは、至難の業です。安衛法と関連法規を収めた書籍は出ていますが、かなり分厚く、少し気後れしてしまうほどです。
仕事をしていく中で、ほかにも法律はどうなっているのか調べる機会があると思いますが、その際は、もともと総務省が管理していて今は、デジタル庁が管理しているe-GOVが便利です。法令検索のほかにも様々な行政サービスの情報が掲載されています。
ただ、現時点では、サイトでも各条文の関連した情報がわかる状態にはなっていないため、複数のタブを開いて行ったり来たりしながら調べる手間があります。この調べる手間を解決してくれるサイトがあれば、良いのですが・・・
私は、それを今のところ見つけられていないため、労働調査会が発行している安衛法便覧を活用しています。非常に便利で調べたい条文のページを開くと関連する、施行令、施行規則、通達が、書いてあるため、徐々に詳しい検索をすることができます。
法律には、例えば、「別で定めるところにより」など具体的に書いていないことが多くあります。で、施行令を見るとその条文の「法〇〇条の別で定めるとはこのことです。」的な条文が出てきて、また、施行令にも「別で定めるところにより」などの表現が出てきて、省令を見ると「施行令〇〇条の〇〇とは以下の〇〇とする。」的な表現が出てきます。安衛法の元の条文を読んでも、関連した次の情報を探すのが非常に大変です。しかし、この安衛法便覧では、関連した政令、省令、通達が法文の後に出てくるため、非常に情報を探しやすく、便利です。ただ、価格は非常に高いため、個人での購入はお勧めしません。会社に1セットといったところでしょうか。
少し前までは、アマゾンでも扱っていたようですが、実店の通販サイトか労働調査会のホームページから購入できます。